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好きな文章のタイプ

私はよく自分のブログに周りの人の話を書かせてもらっているので、今回も、私の好きな人の話をさせていただこうと思う。
 
半年ほど前、ある人と知り合った。
当時、私は彼のブログを読んで「読みやすいけど人間味が無いな」と思った。
その記事を書いている彼自身の個人的な考えや感情が伝わってこず、論文や新書みたいだった。
もちろん、そういう書き方のブログも存在して然るべきだし、私はそれはそれで良いな、と思っていた。
 
ただ、私がそれまでに(そして今も)よく読んでいるブログはたいてい「筆者の人となりが滲み出まくっている」ものだった。
要するに、そういう文章が私の「好きなタイプ」だと言えると思う。
 
冒頭に書いた人の話に戻るが、私は出会った当初から、彼と一緒に居るのは何となく楽しいと思っていた。
それに、彼は優しいし頼れるし、良いところがたくさんあった。
でも、彼の言葉の選び方については、申し訳ないけれど、あまり惹かれなかった。
私は好きな文章(書籍に限らずブログやLINEでも)は何度も読み直すのだが、正直、彼の書いたものは流し読み気味だった。
 
私の周りに居る友達は、それまで、私の「好きなタイプ」の人ばかりだった。
でも、たまには彼のような人が私の周りに居ても良いかもしれない、と思っていた。
 
そんな彼が先ほど、Facebookにとある投稿をしていた。日記のようなものだった。
その文章が、上手く言えないけれど、とにかく私の好みだった。私は何回も読み直した。
振り返ってみれば、最近は彼の書いたものを丁寧に読むようになっていた。「この文章は本当に良い」と思うことも増えていた。
 
もちろん、彼の以前の無機質な文体を批判しているわけではなく、それはそれで良いと思っていたのだが、こうやって私の好みの感じで書かれると、なんかやられるなあと思った。
自意識過剰かもしれないが、彼は私と共に過ごすうちにどんどん私の好きなタイプの人になっていっていると思う。
 
色々と偉そうに述べてきたが、本当に成長しているのは私の方だという自覚がある。
彼に出会った頃は平凡で無気力な女子大生だったけれど、最近は自分を磨こうという努力を(以前よりは)している気がする。
その努力の中には彼に指摘されて改善しようとしていることも多々あるし、本当に彼には感謝している。
 
好きな人のことは、一緒に居る時間が長くなるにつれて、もっともっと好きになっていくものだと思う。
私はそういう風に、周りの人たちを大切にしていきたいと考えている。