一番行きたかった会社に落ちてからが就活

私は、一番行きたかった大学に落ちた。

私は、一番行きたかった会社に落ちた。

でも、失敗してからがスタートラインだと私は思っている。


ところで私は昨日、以前仲が良かった人に「一番行きたかった化粧品会社にESで落ちてしまい、悲しい」という話をLINEでしていた。

すると、「ああいうところは化粧が上手くて美人じゃないと無理でしょ」と言われた。


確かに私は、元々メイクも上手くないし美人ではないと自覚している。でも、その会社(のマーケティング職)にすごく入りたかったし、努力した。

最近その人とは直接会っていないので、その人は私の努力の結果は知らない。でも、その人にそう言われたことが悔しかった。


そもそも、その会社の志望理由としては主に三つあった。

一つ目は、社員さんたちが(元の顔が整っているというより)すごく身綺麗にしていて、大人として憧れるし「私もこうありたい」と思ったから。

二つ目は、社員さんたちが自分の意見をはっきり持っていて、その「きちんと議論をする文化」が私と合っていそうだと思ったから。

三つ目は、私のやりたかったマーケティング職は、「論理性と感受性のバランスが必要」と言われていて、これこそ私のしたい仕事だと思ったから。


言い訳みたいだが、私は面接じゃなくて作文で落ちたわけだし、社員さんたちも全員が全員すごく美人というわけではなかったし(皆さん一定以上に綺麗ではあったけど)、そもそも私がやりたかったマーケティング職で求められる力は「いかに化粧が上手くてどれだけ美人か」よりも(そこは最低限クリアしていれば)「論理性と感受性のバランス力」だと思う。

だから今回の話は「化粧が下手でブスだから無理だった」って言われる話じゃなくて、その力が無かっただけだと私は分析している。それに、前述した通り、メイクや外見に関してはとても努力した。前よりメイクも練習して上手くなったし、自分の外見にも最低限の自信は持てるようになった。


実は、化粧品以外の他のメーカーのマーケティング職も残念な結果だった。

でも、同じように難関とされるコンサルや商社にはESが通ったから、私はやっぱり仕事となると論理性に偏り気味なのかな…と思った。自分では自分を「感情的な人間」と思っていたのだけれど、感受性はないのかもしれない。

私は志望理由を見ても分かるように「マーケティングがやりたい」というよりは「その会社に入りたい」という気持ちが強かったので、今後の就活ではメーカーではなく他の業界を見ていくことにする。


そして話は戻るが、「化粧が下手」「顔があんまり可愛くない」というようなことはその人にずっと言われていた。

それもあって、私は頑張って自分を磨いてきたのだけど。(「その人に認められたい」というわけではなくて、本気で自分のためだけに)


もうこの際、そう言われるのは事実だし仕方ないと認めるけど、でもそんな私が自分を磨くのって無駄なことなのかな?

「もともと不器用だし元の顔も良くないからブスなままで甘んじてろ」みたいな態度で来られて、私はそれを「はいはい」って笑って受け流さないといけないのかな?

某アイドルみたいに、ブスいじりに上手く返すことが人気につながるのかな?

私は確かに20何年、ずっとメイクなどがそんなに人生の大部分を占めていなくて、元々も美人でもないのだが、それでもちゃんと自分が変わりたいと思って努力していることって笑われるようなことかな?


確かに「メイクなんてする時間があったら勉強する」という考えだったし、たぶんそれが私の(周りからカテゴライズされる)キャラかもしれない。

でも私は、大人になって「ちゃんと身綺麗にする時間をとる」という考えになったし、自分が自分で思うpersonalityを、より良く進化させていきたい。周りから「お前は性格がきついだろ」「お前は勉強しかできないだろ」などと言われるところに閉じこもるのではなくて。


私は、頭ごなしに決めつけたり、未知の可能性を考えなかったりするのは思考が停止していると思う。でも、やっぱり「程度が低い人の言うことは全く気にしない」とはできなくて、ふつうに言われて悲しかったし悔しかった。

こうして述べたことを、その人にちゃんと説明しても本当の意味での理解はできないだろう。

だから、その人も含め、そういうことを言う人たちとは関わらないようにするしかないのかもしれない。

それはそれで、コミュニティを狭めているようで残念な気もするが、世の中の全員と上手くやることはできないので、諦めるべきなのだろう。